白い球体になりたい

音楽好きだし、ゲイだし、世界が終わらないことも知ってる

明日があるさ

斜め向かいのデスクの上司が亡くなったときいたのは昨日の朝だった。前々から体調が芳しくなく、 長期入院も1年に差し掛かってしまおうとした矢先の訃報。業務はほぼ通常通りの進行だったけれど、明日お通夜がありますだとか、明後日は告別式で、などど膨大な非日常がねじ込まれ、1日のうちにYahooJapanを眺める比率が少し増えた。パソコンのデスクから少し視線をやると、彼がこの間まで働いていたデスクのカレンダーや、ちょっとした文房具や、タオルとか隠し持ってた飴とか、すべてが彼がそこにいたことを静かに主張し続けていた。

 

覇気のないお経が、線香臭いホールに響き渡る。上司の顔はまるで今にも目が覚めてきそうな表情の、しかし確実に生気を失った色合いの面影だった。普段のんびりした顔してデスクに座るお偉いさんも、目を真っ赤にして泣いていた。亡くなってしまった彼は、職場では若い方だったし、私自身元気な姿しか覚えがなく、なぜ自分がこのような場に対面しているのかが最後まで理解できないまま、お通夜という儀式が気づけば終わっていた。

 

ご無沙汰してます、元気ですか、お変わりなく、仕事はどうですか、バカな新人が入ったんですよ、不景気でね、どうなるかわかりませんよ。

 

自宅近所のバス停から、線香臭いスーツのまま坂を登る。登る途中で、自転車の気配。ライトに私が照らされる前に、口笛が聞こえてきた。どこかできいたことのあるメロディがどんどん大きくなり、私を追い抜かしていくスローモーションで、私はその曲を特定した。思わず私も同じメロディを口ずさむ。

「明日がある、明日がある、明日があるさ

向こうは自転車なのにイヤホンをして爆音で音楽を聴いているようだ。彼を見送り、私は家路を急いだ。

  

東京へ行くの巻

私が膝から崩れ落ちて泣いているのを、背後から眺めていた。

突然、私の周りを囲う東京の風景が動き出し、だんだん私は小さくなっていく。最初はビルや街が小さくなり、次は青い海や大陸が小さくなり、地球すらどんどん小さくなっていく。しまいには、真っ暗な宇宙の中を彩るように浮かんだ星も、ただの一本線になっていった。一本線は際限なく増えていく。待って、待ってと私が声を上げているのを嘲笑うかのように、そのスピードは加速していった。

私はどんどん悲しくなって、私の嗚咽も不快を感じるほど大きくなり、背景が完全に真っ白になった瞬間、泊まっていたカプセルホテルで目が覚めた。午前3時だった。

 

「東京は、人が流れている」
珍しく東京に住んでいたのに名古屋へ引っ越してきたバーの知り合いが、東京についてそう話してくれた。いつものように緑茶ハイに薄っぺらい言葉を溶かしながら、ぼうっとした頭でそう聞いたのをなんとなく覚えている。バーでの会話などいつもは一晩寝てしまったら全て忘れてしまうわけで、どうしてそんなことを尋ねたのかも覚えていない。しかしなぜか、彼は表情にどこか暗い影を浮かべながらそう話してくれたことを覚えている。

 

 「東京で生き延びるコツは何ですか?」

東京で生まれ、東京でゲイとして暮らす友人に今日は久々に会い、昼下がりのバーで思わずそう尋ねてしまった。東京で生き延びるなどとなんともマヌケな視点の抽象的な質問で、口から出た瞬間自分でも後悔を覚えるほど驚愕したが、友人はなんなりと、いつもどおりの丁寧な口調で話す。一呼吸おいた後、簡潔に全てを表現し、そして、東京に怯えている私に、魔法をかけるような言葉を言い放った。

 

「楽しむこと、じゃない?」

 

宇宙空間に投げ出され、宛てもなく流れていくちっぽけな私の涙が、ようやく止まった気がした。

 

 

20160617

感情のコントロールは何歳になっても難しい。抑え込むことはできるようになっても、生じてしまうものは止められることなどできない。そして、生じてしまっている感情がどういう類のものなのか、なぜ生じてしまったのか、すべてを正しく解釈することが、意外と困難なのだ。しかしそれは正しく自分を理解する作業でもある。この作業は怠ってはならないと思ったのだ。
今日は東京に来た。今朝方東京へ行くことを決めて、そのまま新幹線に乗ってはるばる来た。宮本さんの「曖昧」という展示をどうしても見たくて。なぜ僕がこれを見たかったのか、うまく僕は説明を並べることができないのだが、新幹線に1万円、夜行バスに6千円払ってでも見たかったのだ。それは確かな気持ちだった。
強いて言うなら、僕自身恋愛の意味だとか意義が、よくわからなくなってきたような不安があったからだと思う。付き合うってどういうことだよとか、完璧な答えなどありはしないのはわかっているはずなのだが、自分自身で答えを定義付けできてもいないらしい。
付き合うっていうことは、相手と日々を積み上げて行く作業で、そこから得られた結果は、日々変わって行くものなのかもしれない。口から出任せがでた。

そういう意味で、宮本さんの「曖昧」という展示は本当にナマモノだった。宮本さんの作品「正面」というレンズの向こうに、たった1日でも積み上げることができた関係性を垣間見ることができた。自分も、いつかこんな風な表情を向けられたことがあるんだろうか。いつか好きだった人たちは、私を…

新宿の高層ビルはキラキラとゆらめいている。

夜行バスは好きだ。具体的には、夜行バスの車窓から眺める東京が好きだ。ショーウインドウから眺める宝石のような街明かり。月並みな言葉でも、僕はこの夜景が好きだ。
夜景は僕に考える時間を与えてくれるから好きだ。眺めているだけで、眺める理由ができる。夜行バスに揺られながら僕はこの文章を認める。今日はいい日だったが、宮本さんの展示を見て僕はまた謎を深めてしまったような気がする。だけどこれでいいのだと思う。

ストリートミュージシャンが、悲しい恋の歌を歌っていた。

新宿の駅前で、ゲイを見かけた。髪を短く刈りそろえ、身体を鍛え抜き、小洒落た小さめのシャツに身を包み、ここが我々の街だと言わんばかりに颯爽と、僕の横を歩いて行った。僕は名古屋へと戻る。今夜僕は、どんな表情で東京の夜景を眺めるのだろう。