白い球体になりたい

音楽好きだし、ゲイだし、世界が終わらないことも知ってる

まくら

 「モノと目があう」という感覚。

 

不用品回収業者がやってきて、一人暮らしで溜め込んだ荷物を片っ端から片付けてもらった。

業者さんが部屋に最後まで残った要らないものを片っ端から片付けていく中、僕も要らないものをまとめる作業をしていた。やってきた業者さんはかっこいい人だったので、なんとなくチラチラ見てはいたのかもしれない。ふっと玄関先に目をやると、業者さんが雑に引っ張り上げて持ち上がっている元彼のまくらと、目があった。

 

人と距離を置きがちな私は、一人暮らしを始めるにあたってその悪癖をなるべく改善したいなと思っていた。家に絶対に人を上げなかったけど、それをやめて、積極的にうちでだらだら飲もうよと誘ったりとかしていた。付き合ってた人が—まるで化粧水を当たり前のように置いていく女みたいに—何かしらを置いていくのも、別にいいよと思っていた。別れちゃったら、捨てちゃえばいいんだし。

 

捨てなかったけれど。

 

今日まで、めんどくさいだのどうなので居座っていた、ありとあらゆるものを捨てた。

過去は消せなくても、薄まっていくかもしれないし、経験になる。ひょっとして、ようやく前を向けたのかもしれない。ひきづっていた記憶も、もうない。もう、ここに彼は帰ってこないし、ここには私も住まないのだ。私は行方をくらまし、もう彼も私まで辿り着く手がかりを失う。

はじめっから好きじゃなかったことになったのだ。

 

目があったまくらを、私は自然に無視することに成功した。

 

 

暮らした日々

良い出会い、消したい出会い

楽しかったパーティ

もう会えない元友達、また会いたい友達

作った曲、隣人のクレーム

引きこもった日々、3回目のシャワー

33分発の電車、いつものメンツ

セブンイレブンのレジのおばちゃん

不味い料理、誰かのために作ったケーキ

失敗した家具、完成しなかったレイアウト

ジムからの帰り道、雨に濡れても帰った道、壊れた傘、なくした鍵

もう会いたくない人たち

ペットボトル、プロテインの空容器、壊れたポット、壊したミキサー

下水の臭いがまじってる欠陥風呂、玄関のドアの薄さ、話し声が全て通る薄い壁

電車から一瞬見える部屋

深夜の名駅通り

タクシーの車窓

屋上の風景

 

さようなら

今では全てが愛おしい

明日があるさ

斜め向かいのデスクの上司が亡くなったときいたのは昨日の朝だった。前々から体調が芳しくなく、 長期入院も1年に差し掛かってしまおうとした矢先の訃報。業務はほぼ通常通りの進行だったけれど、明日お通夜がありますだとか、明後日は告別式で、などど膨大な非日常がねじ込まれ、1日のうちにYahooJapanを眺める比率が少し増えた。パソコンのデスクから少し視線をやると、彼がこの間まで働いていたデスクのカレンダーや、ちょっとした文房具や、タオルとか隠し持ってた飴とか、すべてが彼がそこにいたことを静かに主張し続けていた。

 

覇気のないお経が、線香臭いホールに響き渡る。上司の顔はまるで今にも目が覚めてきそうな表情の、しかし確実に生気を失った色合いの面影だった。普段のんびりした顔してデスクに座るお偉いさんも、目を真っ赤にして泣いていた。亡くなってしまった彼は、職場では若い方だったし、私自身元気な姿しか覚えがなく、なぜ自分がこのような場に対面しているのかが最後まで理解できないまま、お通夜という儀式が気づけば終わっていた。

 

ご無沙汰してます、元気ですか、お変わりなく、仕事はどうですか、バカな新人が入ったんですよ、不景気でね、どうなるかわかりませんよ。

 

自宅近所のバス停から、線香臭いスーツのまま坂を登る。登る途中で、自転車の気配。ライトに私が照らされる前に、口笛が聞こえてきた。どこかできいたことのあるメロディがどんどん大きくなり、私を追い抜かしていくスローモーションで、私はその曲を特定した。思わず私も同じメロディを口ずさむ。

「明日がある、明日がある、明日があるさ

向こうは自転車なのにイヤホンをして爆音で音楽を聴いているようだ。彼を見送り、私は家路を急いだ。