白い球体になりたい

音楽好きだし、ゲイだし、世界が終わらないことも知ってる

僕とIくん(その1)

以前少しバズっていた「何も言わずに消えるようにいなくなる人について」(タイトルはうろ覚えだがこのような趣旨のもの)を読んだ時、一人の友人が思い浮かんだ。

彼をI君とし、そろそろ自分の気持ちを整理する意味合いでも、彼との思い出を文章にしたためておこうかと思う。

 

彼との出会いは、小学生の頃だった。

僕は小学生の頃、結構陰気な子供だった(今でも底抜けに明るいわけじゃないけれど)。人の顔色を伺って、人が何を考えているかわからなくて、何事にもビクビク怯えながら日常をすごしていたことをよく覚えている。

そんな性格では、当然そんなに友達も多くない。だいたいいつも同じマンションの連中で遊んでいた。

 

そんな中、I君は突如現れた。初めての出会いは今でも覚えている。同じマンションの友人の部屋で遊んでいた時に、I君がドアを大きく開けて現れた。彼は底抜けに明るく、面白いジョークを鳴らして周りの空気を温める、朗らかなやつだった。僕は彼のことがうらやましかった。

僕らはすぐに意気投合し、僕は頻繁にI君のマンションに遊びに行った。I君の家は僕のマンションの隣のマンションだった。彼の家の中でゲームをしたり、ビーダマン(死語!)をしたり、カードゲームをしたり、体を動かすのが嫌いだったもの同士でインドアな遊びをたくさんした。彼の家に通いすぎて、「エントランスのインターホンを鳴らしたら、玄関でインターホンやドアノックなど鳴らさず入ってきていい」というルールができた。

彼の家には猫がいた。彼はいつもその猫を慣れた様子でじゃらして、僕のことも覚えてくれた。彼の影響で、僕も猫が少し好きになった。

やがて中学生になり、彼と学年が分かれた。実はI君は僕の一つ年下だった。

中学生になると、「先輩、後輩」という概念が少し影響を及ぼし始める。少なくとも、小学生よりは。でも僕らの関係は全然変わらなかった。タメ語だし、会話の距離感も全く変わらなかった。とはいえ、学年が違うとやはり少しコミュニティも別れてきて、彼は彼のコミュニティを作っていた。そこにたまに僕も混ざって、みんなでゲームをしたりだとか。相変わらずインドア趣味は全然変わっていなかった。

高校生になり、僕は自転車で30分くらいの高校へ通うことになった。高校生になると、さすがに彼と疎遠になるかと思っていたが、なんと偶然にもI君も同じ高校に通うことになった。ところが、なんと同じ高校へI君が入ってきた。初めに聞いた時はびっくりした。また一緒なの?と少しこっぱずかしいような気持ちがしたが、嬉しかった。

僕はその頃、中学生の頃から漠然と憧れていた軽音部へ入っていた。しかし、所属していたバンドのボーカルが解雇(ド音痴だったため)され、バンド自体も空中分解してしまっていた。僕は軽音部のバンドに出られなくなってしまった。

そのころ、後輩にI君が入って来た。相変わらずのタメ口で、僕と会話の距離感も全く変わっていなかった。彼は「ドラムをやる」という。とうに僕の身長を追い抜かした長身の彼がドラムの椅子に座ると、不思議と似合っていた。

彼が「音楽に興味がある」なんて話聞いたことがなかったが、そこからの音楽の入れ込みようは本当に急激だった。すぐ僕よりインディーズバンドや洋楽やいろんな音楽に詳しくなって、よく二人で深夜にツタヤまで自転車を走らせてCDをレンタルしに行った。CD旧作5枚で1000円だった。毎週5枚借りて、内緒で二人同士で借りたCDを交換し合ってウォークマンに入れたりして、返しに行っては借りて、を繰り返していた。

僕たちはバンドミュージックで頭がいっぱいになっていた。

ある日の昼休みに、ピロウズの「ハイブリッド・レインボウ」が流れた時、ピロウズのファンだった僕たちは大盛り上がりした。

すぐに流したやつを特定して、そいつと一緒に、ピロウズをコピーするバンドを組んだ。島村楽器名古屋パルコ店にAスタジオで動画を撮って、youtubeにあげることになった。曲目はもちろん「ハイブリッド・レインボウ」。僕は通販で買った15800円の初心者セット、テレキャスターのコピーモデルをかき鳴らして歌った。思い返すと、彼のドラムが今でも聞こえてきそうなほどだ。

 

つづく