白い球体になりたい

音楽好きだし、ゲイだし、世界が終わらないことも知ってる

僕とIくん(その2)

高校で僕は孤立していた。その頃僕は(小学生の終わりくらいからだけれど)ずうっとゲイセクシャルに悩んでいた。ゲイセクシャルであることは犯罪に等しい状態だ、と親に洗脳に近いような教育をされて育っていたので、私自身、毎日自分のことは犯罪者だと思っていた。

ヤンキーな行為には勇気がなくやらなかったが、毎日遅刻したり、授業も適当に寝て、とにかく無気力に、流されるがまま生きていた。

毎日なんで生きてるんだろう、僕はゲイセクシャルだから、犯罪なんだから、早く死なないといけないのに。なんで生きてるんだろう。どうしてこの体は勝手に息をして、心臓を動かして、生きようとするんだろう?とか考えていたので、それはそれは暗かった。

そういう奴は陰気な扱いなわけで、僕は周囲からまぁまぁ孤立していた。話をする人はポツポツ居ても、帰りの自転車の30分、毎日夜の道路を一人でたらたら走る日々。

 

I君が入ってきてからは、ほぼ毎日のようにI君と帰っていた。I君は僕好みのイカれた野郎を見つけ出す天才で、I君の周りにはイカれたやつらばかりが集まって騒いでいた。毎日毎日、家に帰ったらすぐに忘れてしまうような低レベルな会話を交わし、ずっと笑いあっていた。くだらない話をするのが僕はとても好きだった。つらい気持ちをひとときでも忘れることができるから。

 

自転車で高校を出て僕たちの家へ向かうと、すぐに大きな川を渡らなければいけなくなる。橋から見下ろす夜の河川敷はとても静かで、自転車のチェーンの音と僕たちの笑い声がこだましていた。まるで一枚の写真に切り取ったかのように、その頃見た夜の河川敷の色彩や、空気や、さざめきを覚えている。

 

高校を卒業して、僕は受験に失敗して浪人することになった。浪人していた期間は、僕は完全に勉強に集中していたために、あんまり覚えていない。I君ともあまり連絡は取っていなかったように思う。僕は浪人で市内の国立大学に、彼は現役で同市内の私立大学に入ったことを聞いた。

 

久しぶりに連絡を取ると、彼はジャズ研に入ったという。僕は意外だった。あれだけバンドミュージックにのめり込んでいたのに。僕はジャズについて何も知らなかった。しかしながら、僕はブラックミュージックに興味を持っていて、その点ジャズに興味を抱かないわけもなかった。僕もやってみたいと彼に申し出て、早速、彼のいる大学のジャズ研に見学しに行くことにした。

 

初めて行ったジャズ研で、僕は圧倒された。楽器の技術レベルが桁違いだった。聴くに、大きい音が出ないので練習できるスペースが部室に少々あるし、毎週スタジオでセッション練習もしているという。ライブも定期的にやっていて、ジャズバーに出る時はロックバンドに課されるようなチケットノルマなどという制度は特にないそうだ。

僕はその場で入りたい申し出をし、結局また彼と一緒に音楽をやることになった。

 

毎週セッションする日々はとても楽しかった。アイコンタクトでアドリブを交代して行くスリルや、アドリブの中にとてもいいフレーズが弾けた瞬間や、ジャズの醍醐味に一気に虜になった。彼のドラムは高校の頃とは見違えるように優しい音を出すようになっていた。

この頃はただ音楽が楽しいだけだった。

 

つづく