白い球体になりたい

音楽好きだし、ゲイだし、世界が終わらないことも知ってる

日常

久々に定時で帰る。いろんな人に迷惑をかけながら、冷たい態度を取られながら、それも当然だなって自分自身で納得しながら、生きている。

通勤の電車に、いつもかっこいい人が乗ってくるので、挨拶でもしてしまいそうになる。僕が新入社員だった頃は彼は学ランを着て電車に乗っていたはずなのに、最近ではたまにスーツを着て電車に乗っている。時間は確実に流れていく。もちろん、私の全く関係のないところで、だ。

ある日の帰り道、今日は絶対にジムに行かないと心に決めて電車に揺られていた。残業が続き、人生ってなんだろう、私の時間はこうやってお金になり、松屋へ消え、名鉄へ消え、ゴールドジムへ消えていくのかとふと思っていたところ、急に車内がざわざわし始めた。

どうやら、僕の斜向かいの座席に座っていた、仕事帰りと思しき中年の男性が、意識がないようだ。初めは眠っていると思っていたのに…と隣にいた女性がこぼす。肩をゆすろうが返事はなく、呼吸をしている仕草もない。電車の緊急停止ボタンを押し、駅員を呼び出し状況を伝えた。そこそこの混雑で、人の行き来は若干困難な中、駅員がそこのけそこのけとやってきた。救急車を呼びながら、彼女は電話口で「心臓マッサージなんて私やったことない…」とパニックになっている。ちょうどよく「看護師です」と名乗り出てくれた方がいて、その場で心臓マッサージが始まる。結果、彼は近くの駅で待っていた救急隊員に運ばれていった。

ジムにいく気もしないのに、ジムの最寄りのK駅でいつも通り降りた後、電光掲示板が電車のダイヤ乱れを伝える。彼の無事を私が知るすべはない。全ての思考を停止させたのち、K駅の雑踏が私を日常に引き戻した。

おやすみポエム

 フライパンをくしゃくしゃにできるようになったとしても、結局男性器を追い求めてしまうのだろうと思うと、なんだか最近、ジムへ行こうっていう気力が湧きません。別に筋トレが嫌になったわけでも、マッチョになりたくなくなったわけでもなく、よくあるちょっと現実逃避したい期間、に入ってしまい、おやすみ中です。とはいえ、ジムへ行く義務感が薄れているわけでもなく、ジムの前までは行って、なんか虚しくなって、そのまま帰ります。
 憂鬱のスイッチは本当に突然に入ってしまうので、最近は少し日常に苦労が出てきました。今日も、はじめはキビキビ仕事をしていたのに、ふと自販機でジュースを買っている最中に、憂鬱のスイッチが入って、そのあとの仕事はろくなものではありませんでした。仕事も人生もどうでもよくなってくると、ヤフージャパンぐらいしか見るものがありません。
とはいえ、このまま死ぬのかと言われたらノーですし、やりたいことが、わりとたくさんあることに気づかされるわけで、フライパンをくしゃくしゃにすることだってそうですし、東京へ行くことだってそうですし、ライブすることだってそうです。なので、明日ものうのうと生きて、歌って、誰かが感動とかしてくれたら、こんなにいいことないです。音楽は魔法ではありませんが、一つの表現方法です。
以上、ポエムでした。

東京と私

新幹線の車窓を流れる、寝静まった街並を眺めていると、ふと目のピントがズレて、27歳になった私の顔が映し出された。

隣の人が音漏れさせているメタル・ミュージックと、新幹線の低周波音が不思議な共鳴を起こし、私は東京を離れる感傷に浸りきっていた。

 

東京はすぐに見えなくなり、通過する駅表示だけが私の現在地を教えてくれる。真っ暗な車窓は地下鉄さながらの味気なさで、申し訳程度に付いた街灯が、大晦日独特の静寂にスポットをあてていた。
 
東京は不思議だ。
ふと、急に名古屋に帰りたくなる。
こんなに東京は素晴らしくて、全てが絵になる街であるというのに、
まるで電池が切れてしまったかのように、
名古屋に帰りたくなってしまう。
東京という街に、入り込めない。
こんなに恐ろしいことがあってはならない。
 
疲れはてた一家の寝息が、メタルミュージックとシンフォニーを奏でる。私は耐え切れず、東京の唄を歌う。全て、跡形もなく新幹線の轟音に飲み込まれてしまった。